『PLAN75』観ました。
倍賞千恵子さんと磯村勇斗さんが、それぞれの立場から、老人の安楽死を見つめるような映画です。
日本の高齢化に焦点をあてた意欲作ですが、正直なところ、映画館で観ていたら眠ってしまうかも、という映画でした。
後期高齢者になると安楽死を選べる
物語は、たぶん高齢者のための介護施設が襲撃され、高齢者が殺される場面からはじまります。
襲撃したのは若者で、老人にすべてを奪われていると訴えます。
そんな襲撃事件が多発したことから、75歳の後期高齢者になると、自らの意思で死を選ぶことができるというのが『PLAN75』です。
倍賞千恵子さんは、後期高齢者になっても働き続ける女性を演じています。
しかし、その女性は、古くなった団地の建て替えのためなのか、立ち退きを迫られています。
そんななか、同僚の高齢女性が仕事場で倒れたことから、高齢者が解雇されてしまいます。
金銭的にも苦しい立場となった女性は、ついに『PLAN75』に申し込みます。
いっぽうの磯村勇斗さんは、『PLAN75』を受け付ける担当者役です。
仕事として割り切って働く若者代表のような役柄なのですが、ある日、おじさんが申し込みにやってきます。
20年も音信不通の身内ですが、気になっておじさんの家を訪ね、食事をともにします。
彼はおじさんを安楽死するセンターに車で送り、最後まで付き添うのですが、安楽死を選んだおじさんを取り戻し、自らの手で弔おうとします。
倍賞千恵子さん演じる女性は、安楽死を選んだものの生きていくことを選択し、センターを出て、一人歩いて行くというシーンで映画は終わります。
予想を超えない展開
『PLAN75』のあらすじを最初に読んだときから、予想できる展開だけが描かれている映画、といっても良いかもしれません。
驚きはほとんどなく、テーマのみが独り歩きしているような感じです。
75歳になったからといって、安楽死を自分は選べるだろうか?という気持ちには、ちょっとだけなりましたが、元気で働けるなら生を選ぶ人が多いだろうな、と思ってしまいます。
「自分が75歳になったとき、安楽死を選ぶのはどんなときなのか?」
「安楽死を選ばない後期高齢者とは、どんな人物なのか?」
「75歳で安楽死を選ばせるメリットを享受するのは誰なのか?」
「若者は本当に安楽死を望んでいるのか?」
「後期高齢者に安楽死を求める社会や政治とは?」
そんな疑問が湧いてくるのですが、それらについてはまったく描かれていません。
少しだけ、安楽死に対する抵抗勢力が存在することがわかる程度です。
テーマが重たいので、描きにくいとは思いますが、テーマが重たいからこそ、描くべきことがもっとあったのでは?と感じてしまいます。
映画館で観てしまうより、配信で何度も繰り返しみるべき作品なのかもしれません。
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