【小松 和彦】「呪いと日本人」




文化人類学・民俗学の小松和彦先生の「呪いと日本人」読了。
20年以上前に書かれたものに、加筆・修正して昨年文庫化されたものです。

呪いと聞くと、「丑の刻詣り」を思い出す人や、陰陽師・安倍晴明を思い出す人も多いと思います。
「丑の刻詣り」とは、人型のわら人形に真夜中にくぎを打ち付ける、というアレです。


陰陽師は式神をつかって様々な不思議を行ったと伝わっています。
式神とは、写真のようなヒトガタをした紙のことですね。

これらの呪いが、日本人と日本社会にどのように影響を与え、発展・展開してきたのかを明らかにしたのが「呪いと日本人」です。


現代に生きるいざなぎ流

小松先生が最初に発表したのだと思いますが、高知県物部村のいざなぎ流について、かなりのページが割かれています。

陰陽師たちの日本史」や「呪術と占星の戦国史」でも、いざなぎ流は現代に残る陰陽道として触れられています。

何冊も続けて、同様のテーマを追っていると、いざなぎ流というものをこの目で見てみたい気になりますが、もしも自分がその村に生まれたら、と想像すると、かなり悩みます。

陰陽道にもとづいた呪いと呪詛返しの習俗が生きる村。
そして、さまざまなケガレをはらうためのイベントが数多く残る村。

映画とかドラマならともかく、生活空間にそういうものがあるとしたら、ちょっと困るなあ、という感じです。


呪いを避けるためのボディガード

呪いと日本人」では、天皇と呪い、つまり呪詛事件にも多くのページを割いています。
桓武天皇から明治天皇まで、古代から近世までの呪詛について、文献から紐解きます。

かならず登場するといってもよい菅原道真、早良親王、崇道天皇、崇徳上皇などの御霊(怨霊)を祀り上げ、鎮めるために発達してきたのが呪いであり、これを操る呪禁師や陰陽師、密教僧です。

武士が武力をもって支配者を護るボディガードだとすれば、呪禁師や陰陽師は、呪詛や怨霊から支配者を護るボディガードであり、平安時代にはそれぞれ役割分担ができていたようです。


ケガレの見える化

災害や病気など、それらの原因を呪詛や怨霊という形で明らかにして、それをさまざまな方法ではらうこと。
それ自体が、大陸から渡ってきた最新テクノロジーであり、それらをもとに独自に進化・発展してきたのが、日本の陰陽道であり呪いです。

たとえば、長く寝込んでいる人の病の原因が呪詛であると証明するのは、祈祷して依坐(よりまし)と呼ばれる巫女や子供に、その原因となっているモノを移らせて呪詛する理由を語らせ、納得させて退散させるという方法があります。

原因不明の病の原因を呪詛に求め、呪詛した本人(動物の場合もあるので)ではなく、代わりの人間に話をさせることで、わかりやすく見える化したといえます。

ケガレの代表である鬼も、かつては目に見えないものであったのに、中世あたりから具体的な形を表してきたといいます。つまり鬼の見える化です。

つまり、呪いとは、ケガレの根源を誰もがわかる形に見える化していく技術でもあったというのです。

うーーーん、なるほど。
たしかにそうかも・・・。

見えないものを見える形で解決してくれる人々って、現代にも存在します。
科学者です。

宇宙をわかりやすく見える化してくれる宇宙物理学者。
ウィルスがどんな悪さをして、人々を死に追いやるのかを見える化してくれるウィルスの専門家。
ほかにも列挙したら、数限りなくあります。

現代では科学的に解明してそれなりの説明ができるので、わたしたち現代人は、呪いや怨霊には冷淡な態度をとりがちです。
ですが、本当に呪いや怨霊は必要ないのでしょうか。


呪いの心理的効果

小松先生は、本書の最後に、呪いの心理的効果を書いておられます。

それは、直接的な暴力を行使する前に、呪いによって精神的に楽になることができる、というものです。

「いつもいじめるアイツを呪ってやる」
「くそ面白くもない冗談ばかりいう上司の口を呪いで封じてやる」
「浮気したから呪いで懲らしめてやる」

などなど。
その効果があるかどうかはわかりませんが、呪ったことで、その相手が転んだり、財布を無くしたりしたら、気が晴れることはまちがいありません。

そのような心理的な効果が呪いにはあったのではないか、と締めくくっています。

非科学的だと断じる前に、そんな心理的効果にも目を向けて、呪いとともに生活してきた日本人と日本社会を振り返ることも必要だと感じました。


呪いと日本人 (角川ソフィア文庫)

小松 和彦 KADOKAWA/角川学芸出版 2014-07-25
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