【松岡 圭祐】「シャーロック・ホームズ対伊藤博文」





松岡 圭祐さんの「シャーロック・ホームズ対伊藤博文」読了。
緻密に描かれていて、とても面白い歴史ミステリー(?)でした。

シャーロック・ホームズ対伊藤博文 (講談社文庫)

松岡 圭祐 講談社 2017-06-15
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松岡 圭祐さんというと、映画化された「万能鑑定士Qの事件簿」シリーズが有名ですが、わたしは「千里眼」とか「催眠―hypnosis」くらいしか読んでいませんでした。

最初に読んだ印象だと思いますが、暗くて重く作品を書く人、と思ってしまっておりました。

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シャーロッキアン?やけに詳しいぞ

時間つぶしに本屋に立ち寄って購入した「シャーロック・ホームズ対伊藤博文」ですが、現代のシャーロックを描いたドラマ「SHERLOCK/シャーロック」シリーズファンのわたしがわかるほどの、克明なホームズを描き出しています。

つまり、シャーロック・ホームズのにわかファンでもわかる、ホームズ愛があふれている物語なのです。

物語は、モリアーティ教授がライヘンバッハの滝壺におちる前からはじまります。
ご存知のとおり、モリアーティは死にますが、ホームズは自己防衛とはいえ、直接死なせた責任があることから、イギリス国内では警察に追いかけられる身となります。

このあたりは原作とはちょっと違うかもしれません。
なぜなら、イギリス国内にはいられない状況であるからこそ、伊藤博文を頼って日本にやってくる、という物語だからです。


かつてロンドンで若き頃の伊藤博文とシャーロックはあっていた!

シャーロックが伊藤博文を頼って日本に渡ることになりますが、シャーロックと兄のマイクロフトは、子どものころに伊藤博文に助けられたというエピソードが描かれます。

このころは伊藤春輔と名乗っていた伊藤博文ですが、実は密航してイギリスに入国しています。
幕末にはよくあったことで、明治の元勲といわれる人には少なくない経験です。

その伊藤春輔は、ロンドンの場末で偶然にも、シャーロックとマイクロフトを助けることになりますが、そのすぐ後に日本に帰国してしまいます。

二度と会うことはないだろうと思われたふたりでしたが、伊藤博文は明治政府を背負って立つ人物となり、ふたたびロンドンへ。
そして、シャーロックに会うのですが、この時の再会は心地の良いものではありませんでした。


ロシア皇太子が襲撃された大津事件、実は大変なことに・・・

シャーロックが密航して日本に渡ってきたころ、日本ではロシアの皇太子が襲撃される、いわゆる大津事件がありました。

この事件は歴史上も有名な事件ですが、この事件がストーリーの核となり、進行していきます。

  • 実はロシア皇太子は、皇太子の弟だった
  • 軽傷だといわれたが重傷で危篤状態にある
  • ロシア皇太子がふたたびロシア軍艦にのって日本にやってきていた
というようなフィクションをまじえ、歴史的な事実もこれに重ねていきます。

伊藤はシャーロックに、明治政府がかかえる国際問題を解決するように要請するのです。


不平等条約と三権分立

当時の明治政府は、国際法を知らなかったために、各国と不平等な条約を結ばされていました。
これらの条約を平等なものにするためには、日本が、欧米に負けない政治・社会であることを示さなければなりません。

伊藤博文は、かつて攘夷の志士として、外国人を敵とみなしていました。
また幕末の混乱期には殺人すら行っています。

同じようにシャーロックも、モリアーティを法で裁くことができず、結局殺してしまったという負い目のようなものがあります。

この視点では、伊藤とシャーロックは同じような傷を持つ者同士という設定になります。

そして、伊藤は政治家として、どんなことであっても法を守り、法にゆだねることこそ、国際社会における日本の評価を高めることになると信じているのです。

本作中で伊藤は、
国を想うのなら世界を知らねばならない。無知な純朴さが武器になりうるはずもない。逆に知は力となる。学ぶことで諸外国に劣らず屈しない国家ができあがる。まだ道半ばと認めざるをえない。今も政府の一機関たるものが、ロシアの書物に翻弄されているではないか。
と慨嘆します。

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公害で日本を滅ぼそうとする策略

世界に冠たるイギリス人であるホームズの視点は、大津事件の裏にひそむ策略へとむかいます。

ロシアのためには、どんなことでもする「オフラーナ」が暗躍し、皇太子も知らないところで、日本を破滅させようとしていました。

それが公害問題です。
ちょうど足尾銅山の問題が起こっているときに、ロシアから送られた書物は、さまざまな問題点を説明してくれるものと期待されていました。

しかし、その書物には公害を隠ぺいする嘘の記述があり、その記述こそが日本を破滅に至らせるためのものだったのです。

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シャーロックの謎の2年間

本家のほうでは、モリアーティ教授が死んだあとの2年間、シャーロックはその組織を壊滅させるためにチベットのほうまで足を伸ばしたことになっています。

しかし、本作では、伊藤博文がチベットのダライ・ラマの面談をとりつけ、トルコのスルタンにも会えるようにします。

シャーロックの謎の2年間が、モリアーティの組織壊滅といった殺伐としたものではなく、日本で国際平和に貢献して、アジア各国を見て回っていたというほうが、なんだかいい感じです。

すぐに読破できますから、日本の近代史に興味のある方はもちろん、シャーロックファンにもおすすめです。


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