Twitterユーザーとmixiユーザーの違い

今週は毎晩いろいろとありまして、木曜には「RYU'S CUBAN NIGHT 2009」に行ってきました。
スタンディングで音楽を楽しむ、という経験は初めてでしたが、サルサを踊る方ならこういうほうがいいかも、と思いました。会場で踊っておられるカップルは1組しか見かけませんでしたが。

立ちっぱなしで疲れたので途中で席をたってしまい、近所のシーフードレストランで一緒に行った友人と食事をしながら、簡単に仕事関係の打合せをしました。
話の流れで、mixiユーザーとTwitterユーザーの違い、についての話を友人がしてくれました。私はmixiは利用していないので、この違いには「なるほど」と思いました。

そもそもは、「Twitterって簡単でいいよね、一言書き込むだけでチケットが無駄にならないし」なんてことから始まりました。話を続けるうちに「Twitterはバイリンガル率が高いらしい」となったあたりから、友人が「それってわかる!」と自らの経験を話してくれました。

彼はTwitterのつぶやきがそのままmixiに転載できるmixi voiceを使っているのだそうですが、Twitterのつぶやきがmixiのなかではしばしば物議を醸すそうです。

「そういう書き込みは不適切」「ここではそんな風に言って欲しくない」といった、場の空気を乱す的な指摘を受けるようです。彼自身は穏やかな方なので、どの辺がmixiで物議を醸すのか、非常に興味深いですし、ご本人も一体どこが悪いのか、いまひとつピンときていないようでした。
とにかくTwitterでは全く問題のないつぶやきが、mixiでは問題視されるというのです。

私がこの話を聞いて思い出したのは、Twitterのユーザー数が鈍化してきている、という記事でした。

この記事には特に分析めいた記載はないのですが、私が直感的に思ったのは、Twitterの開放感や利便性、関係性そのものは弱いのにどんどん拡大していくゆるいネットワーク性といったことが、おそらく”メトロポリタン”と評される大都市生活者には馴染むものの、それ以外のエリアで生活する人々には馴染まないからではないか、といったことでした。

また、最近目にした情報では、Twitterのユーザーはニュースの速報性を好む、というものがあります。
確かに私がフォローしている皆さんも、いたるところに自分が読んで面白かった記事へのリンクを張ってくれます。もちろん私自身も同じようにニュースサイトの紹介をすることが多く、情報発信に関してのみ言えば、速報性と同時に、興味深いネタの発信についても熱心だと感じます。

以前、パリ育ちの友人から「Facebookをどう思う?できればそっちがいいんだけど」というtweetをもらいましたが、私が「Facebookに限らず、SNSは自分があんまり自由な感じがしないから利用してないよ」と回答しました。そういえば、その友人は最近Twitterでつぶやかないですね。

mixiのサービスの根幹は”友人から招待される”ことで登録が可能になり、友人同士でコミュニティを形成していく、ということになります。これは、はじめに安心ありき、の社会の住人(誰でも顔見知りで犯罪を犯しにくいムラ社会を指します)、またはそういう社会にシンパシーのある人々が集まりやすいサービスである、と考えることができます。

一方のTwitterは”信頼社会”の住人にとって、楽しく住みやすい、といえるかもしれません。
”信頼社会”というのは、「誰だかわかんないけどとりあえず信頼して一緒に何かを始めてみよう、ダメだったら法的解決をしよう」という考え方を指します。インターネットの普及で、この”信頼社会”的な考え方が普及してきていると言われています。
だったらTwitterの伸びが鈍化するはずない、と思いますよね。

実は人間の根源にあるものは、信頼社会よりも安心社会的な人間関係であって、信頼社会に生きることができる人たちは案外少ないのではないでしょうか。
またはTwitterのような信頼社会的サービスには、ユーザーが好むある種の特徴があって、それによってユーザーがセグメントされていくのかもしれません。
今のところTwitterには世界中から6000万人くらい集まっていますが、この規模で複数のtweetサービスが連立するような気がします。