あらためてホームタウンを見てみると

先週末からの3連休は、実家に帰って、写真を撮ってました。
私の実家は、福島県岩瀬郡。「ふるさと」と書くのも、ちょっと変な感じがするので、英語でいうところの「ホームタウン」と、ここでは記載します。

すでに秋風が吹いておりましたが、日光にはまだ夏の力強さがありました。
お盆のころは、雨続きで寒いくらいでしたので、写真を取るには絶好の日和です。

東日本大震災の時には、地割れ、陥没がひどく、電信柱が斜めになっていましたが、今ではすっかり修復されました。

意外な美しさに気づいたのは、図書館から続く並木です。
樹の種類がわかりませんが、田んぼの稲が写っていなければヨーロッパ、みたいな感じです。


また、桜もかなりの樹齢のためか、苔むしていたりします。


公園にある、野草が茂る自然園では、小さくてかわいらしい花々が競っていました。



散歩だろう人々と行きかうさいには、「おはようございます」と互いに声をかけあいます。


公園をぐるりとめぐって、田んぼのあぜ道(というには幅広ですが)を歩いていると、小さなカエルと遭遇しました。
稲刈りが始まるころには、これがイナゴに代わります。



今年の夏は、様々な点で異常だったようです。

たとえば、トマトが全く取れませんでした。今頃、たくさん実をつけています。
いんげんもトマト同様、今頃、とってもおいしい実をつけています。

今夏は、レタスの出来が良かったので、肌寒いこともあり、レタスはしゃぶしゃぶにしていただきました。

またスイカも、採れ過ぎるくらいだったので、お盆にきたお客さまにジュースにして召し上がっていただきました。

気候が農作物に与える影響の大きさを、改めて感じた今年の夏でした。


ちなみに、自宅近くの線路わきには、被災者住宅が建設されていました。
なぜここに?という疑問はさておき、被災者とは放射能汚染で帰るところもない人々、と思われていますし、メディアでは気の毒な方々、というイメージが強く報道されています。

が、地元福島では、必ずしも「気の毒な人々」と思っている方々ばかりではありません。

原発を受け入れた責任がある、と考えている人も少なからずいるのです。

原発を受け入れたことによって恩恵もあっただろうに、いつまでも補助に頼る人々を助けるのはいかがなものか、という意見もあります。

いま、建設されている被災者住宅は、駅に近い、実は一等地です。
そんなところに住まわせる意味は?と問いたくなる心情も、わからないではありません。


自然を感じての散歩でしたが、震災後の現実もまた、目に入ってきたのでした。