結婚相手は「三平」

バブル期の考え方の一端がわかります。
週末に教え子たちと食事会をしたのですが、私にとってはショーゲキの「三平婚」が話題になりました。

「三平婚」とは、穏な生活、均的年収、凡な容姿、の相手を結婚相手に選ぶ女性が増えていることから出てきた言葉なのだとか。

この話を持ち出した彼は卒業から丸2年になりますが、この話を聞いて「日本は終わったと思った」らしい・・・。
私もそう思います。だって消費活動が見えてこないですから。
「スマ婚」なんてことも、この流れなんでしょうか?

かつて三高、すなわち所得、学歴、身長、が女性の求める結婚相手だった時代がありましたが、これはこれで、説得力がありました。
なぜなら、子供を宿す女性にしてみれば、子供の能力や身体的な特徴は大きな関心事ですし、家族を守るためにはお金も必要です。

しかし、穏な生活、均的年収、凡な容姿、の中で、均的年収は数値化できますし、誰もがある意味納得できますが、穏な生活とか凡な容姿は、客観的に評価できるものではありません。
つまり、主観なわけです。

ということは、結局のところ、相性とか性格とか、嗜好とか、数値化できない部分を評価して結婚に至る、というわけですよね。
しかも言葉の意味をそのままとれば、リタイアした夫婦が日向ぼっこしてる姿が美しい、みたいなイメージが湧いてきます。

ニューヨーク在住の別の方と話をした時も、同じような話になりました。

65歳以上の人口が増え、5人に一人以上が65歳という日本では、メディアもサービスも65歳以上にターゲットをシフトしています。
たとえば、都内の公共施設のエスカレータの速度は、香港の2倍遅いと感じます。
香港で地下鉄に乗ると感じることですが、エスカレータが速い!快適です。

つまり、老人が多いとエスカレータの速度や、エレベータの開閉速度が遅くなるのです。
こういう環境下に置かれた若者は、ギラギラもしないし、野心も持たないし、後ろ向きな考え方になるのではないかと思います。
人間は環境によって、大きく影響されるからです。

平穏な生活って、どういうイメージなのか?
そして、平凡な容姿って、どんな容姿なのか?
明確に語れる人っているんですしょうか。

ちなみに、私の印象では、大学生の身長が年々小さくなっていると感じています。
特に男子は、6年前に見た大学生たちと比べて明らかに小さくなっているように、思います。
これも、20年も続く不況の影響なんだと思います。