白州 次郎


先週、今週とNHKでドラマ「白州次郎」を放映しています。次は8月放映ということで、ちょっとがっかりなのですが、いまなぜ白州次郎なのか?

私にとって白州次郎という人物との出会いは、雑誌「an・an」にまでさかのぼります。晩年の白州次郎が誌上でモデルとなったからです。だからといってそんなに気になるわけでもなくしばらくは過ごしてきました。

白州次郎という人物を歴史上の特異な存在として認識したのは、戦前戦後に関して書かれた書物を読むようになってからのことです。戦後の、隷従的な考えが充満していた中、たったひとりで占領軍に向かっていった人物として描かれていたからです。
今日の放送でもその逸話が披露されており(ドラマで確認してください)、白州次郎を慕う人々にはうれしいシーンだったと思います。

白州次郎について書かれた人物評の中で、私が納得したものとして、白州次郎は英国ケンブリッジで学んだことにより、米国は英国より下の国家、という認識を強く抱いていたというものがあります。そのため、占領軍に対して強い態度で臨めたのだ、といういうのです。
確かにこれもひとつの理由だと思います。しかし、もっと重要なことは英語を母国語並みに操れたということが彼の自信を支えていたのではないかと感じます。白州次郎の伝記によると、ケンブリッジで友情を育んだ友人とは晩年まで交流していたということです。

いずれにせよ、白州次郎が通産省のコンセプトを作り、日本が貿易によって生きる経済大国への道筋をつけた人物であることにかわりはありません。最近ではグローバル・インバランス、すなわち貿易収支を含めたバランスを欠いた経済状況について語られることが多いようです。米国が赤字で、他の国々は対米輸出で黒字となり、その輸出がGDPを支えるという構図です。
白州次郎が現在の状況を予想していたかは疑問ですが、当時の状況で他に何が選べたかは誰も何もいえないでしょう。

このドラマを見ていてわかるのは、英語ができたほうがよい、ということかもしれません。それは白州次郎の時代より現代のほうが顕著でしょう。