安藤忠雄さんのインタビューがおもしろい

 小学館が発行する「教育技術」4月号の巻頭インタビューに、世界的な建築家である、安藤忠雄さんが登場してます。

このような人物をブッキングできるのは、やはり小学館という筋目の良さなんでしょうか。

さて、このインタビューのなかで特筆すべきは、今の日本が置かれている状況分析です。

「中国と衝突したら、日本は世界から見放される」

「世界から、日本は止まっていると思われている」

「明治、第2次大戦の2度、日本人は復活しているが、3度目はない」

などなど、グローバルに活動している人々の多くも、この安藤さんのご意見に賛同されると思います。

私も、我が意を得たり、の気持ちになりました。



ですが、変化したくない高齢者が支配する日本では、子どもを創造的に、右脳的な成長を望むことは難しいと感じます。


たとえば、退屈な授業の時、教科書の先まで読んで、問題を解いたりしていたりは、ある年代以上では当たり前のことでしたが、今では、授業の進行に合わせてページをめくらなければ叱られるのです。
板書された内容を、そっくりそのままノートに書き写させる高校があるのです。

こんな社会主義的授業で、学生に自由な発想が生まれることを期待できるでしょうか???
大変な疑問です。


大学でも、学生の成績を数値化することが求められています。
かつての、ABDCの4段階評価は変わりませんが、Aは90点まで、みたいな感じで、数値化するのです。

私は、非常勤講師ではありますが、テストはすべて論述です。
そして、学生に回答用紙を返却し、最後の授業で回答解説を行います。もちろん、学生からの異議申し立ても授業中に受け付けます。

私の知る限り、論述のテストを行っている先生は、少なくなっています。
かなり以前から、高校生のテストかと思うような、穴埋め式のテストが大学でも横行しています。

記憶式なので、学生にとっても、採点する先生にとっても、とってもラクチンです。

ですが、それが大学の教育でしょうか?
これもはなはだ疑問です。

数値化しなければならないなら、数値に置き換える方法論を自分なりに考え、大学生に対して、大学らしい教育をすることが正しいと思います。

大学生は、いっぱしの大人です。
高校生ではありません。

大人が楽しようとしたら、学生は、その気持ちを見抜いてついてこなくなります。
リーダーシップ論以前の問題です。

そういう危機的状況に、日本の教育はあると思います。