ホラーの時代

先日、人生の大先輩と食事をする機会があったのですが、その際に最近読んだ本の話をしたところ、「それはまさしくホラーだね」と話されました。このブログでも紹介している「告白」や「犯罪小説家」のことです。
最近の事件もホラーとしか言いようがない、とも語っておられました。
最近でいえば、厚労省元事務次官殺害事件の犯人や、秋葉原事件などもそうですね。裁判を維持するためには論理的というか、因果関係の明快な動機や意味づけが必要とされるのかもしれません。これをミステリーとすると、ミステリーには必ず読者が納得する理屈が隠されています。
しかしホラーには読者が納得できるような理屈はなく、そういう意味づけを超えたところにホラーのホラーたる所以があります。

いまだ緻密なプロットで作品を生み出し続ける東野圭吾のような作家が広く受け入れられるのは、世の中がホラーになってきているからかもしれません。なんといっても理屈が通ったミステリーですから。