日本をダメにした10の裁判


この夏休みの間はなかなか本が読めなかったのですが、やっと読了したのが、この「日本をダメにした10の裁判 (日経プレミアシリーズ 4) (日経プレミアシリーズ 4)」です。
裁判での決定が判例として、その後営々と引き継がれるわけですので、裁判の結果は日本の社会や経済に大きな影響を与えます。

目次を紹介すると、
1.正社員を守って増える非正社員の皮肉
1979年東京高裁、東洋酸素事件の整理解雇に関する裁判。このとき東洋酸素の解雇は有効との判断が下されたが、このときに整理解雇が許される四要件というものが示され、企業による解雇判断を鈍らせる結果となった、と指摘しています。

2.単身赴任者の哀歌
1986年最高裁、東亜ペイント事件。本人の同意がないままに転勤命令が下されたことに対して抵抗した原告を懲戒解雇とした会社の判断を有効とした逆転判決。原告の置かれた状況は省くが、ここでは、裁判官が本人の意思に反した転勤がない、つまり異動拒否権が明文化されているという指摘があります。

3.向井亜紀さん親子は救えるか
2007年最高裁による、向井亜紀さんを母としない逆転判決。日本学術会議や医師会などが代理母による出産を認めない方針となっているらしいが、子供を作る能力のあるオジサンの、つまらないこだわりが代理母出産を阻害していると私は思います。DNAベースで親子関係を認めることは今や一般的ともいえるので、誰から生まれたか、よりも重要だと思いますけど。
ちなみに本書によると、親子関係が分娩によるとした判例が1962年に出されており、これが最高裁の判決に大きな役割を果たしているとしています。加えて、父親には自分の子供ではない、と父子関係を否定できるのに対し、母親だけが分娩で決定されるのは納得がいきません。

4.あなたが痴漢で罰せられる日
この章は特定の裁判というより、刑事訴訟法について書かれています。映画「それでもボクはやってない スタンダード・エディション」 の裏側を解説したものとして読むと理解が進むと思います。

5.「公務員バリア」の不可解な生き残り
これは公務員には「業務上のことでした・・・」という言い訳がまかり通る、という内容。1955年最高裁判決による、国家賠償法の「その職務を行うにつき」に該当すれば、損害賠償は公が行い、公務員には民法上の個人責任を問わない、というものです。知らなかった・・・、愕然。
中には故意であってもかまわない、という判決もあるそうで、どこまで優遇される公務員!と憤りを感じました。

6.企業と政治の強い接着剤
1970年最高裁、八幡製鉄政治献金事件。政治資金寄付も許容されるとした判決。このとき日本の株主は、企業の背任行為ともいういべき利益にならない取引を認めさせられた、と言えます。国策判決と本書でも述べているように、時代背景が大きく影響したことは間違いないでしょう。

7.なぜムダな公共事業はなくならないのか
これは選挙時の定数是正問題を扱った内容です。都道府県単位で選挙区があり、そして人口密度が都市と地方では大きく異なることが原因で1票の格差が生まれます。しかし国政においては、国民の代表が国会議員として国政を動かすことになっています。そこで、実態としての都道府県の代表が国政を行うのは違憲である、という主張がなされています。都市部の選挙民の意見は、地方の選挙民の1/4以下の価値しかないため、税金がムダな公共事業に使われても文句が通らないわけです。

8.最高裁はどこへ行った?
歴史上有名なロッキード事件について、最高裁は元総理への判決を先延ばしにした、という批判的考察。元総理が死ぬのを待ったとしか考えられないという批判は納得です。

9.裁判官を縛るムラの掟
1998年最高裁大法廷による「寺西裁判官分限事件」によると、裁判官として内部告発的発言を行った寺西裁判官に対して戒告という懲戒処分を下したもの。本書ではこれを一般企業における内部告発と比較して説明しています。驚いたのは、日本は国連人権規約を批准しているにもかかわらず、これに付随する「第一選択議定書」は批准していないため、個人通報制度による国際機関への提訴ができないという事実です。日本人は、国内の裁判結果が不服だった場合に国際機関に訴え出る権利がないのです。

10.あなたは最高裁裁判官を知っていますか
これは国民審査のやり方についての議論です。
ここでこのような問題を取り上げるのは、それ以前の章でもたびたび述べられている、最高裁判事の出身によって判決が大きく異なる点を憂慮してのことだと思われます。たとえば、裁判官・検察官出身の判事が Yes だった場合、弁護士・外交官等出身の判事が No の結論を下す事例が多く見られると、本書のあちこちで語られます。よく言われるところの「裁判官は世間知らず」なのかもしれませんが、社会生活や経済活動にまで影響する判決を下す当事者をよく知ることもまた、国民の義務の一部だと考えさせられます。