中央集権国家にこだわる官僚の作為

私は基本的に地方分権派です。なので少しがっかりな事件が多くていやになります。
しかし、最近の地方行政の見苦しいばかりの規律違反や犯罪行為には、多くの国民ががっかりしつつも、多くの方が、田舎ってこんなもんさ、と開き直りがちなのではないでしょうか。

確かに地方行政はコネが何かと効果的な社会です。
こういう話になると必ず日本人の「民度」が話題になりますが、そんなに地方在住の日本人の民度は低いのでしょうか。中央官庁で働く官僚の民度は果たして高いでしょうか。
そもそもそういうコネを効かせたくなるような制度や仕組みを作り上げて、地方に運用を任しているのは中央集権国家である日本の官僚たちではありませんか?

たとえば、大分県の教育委員会がやっていたことは確かに悪いことですが、地方行政におけるこの手の話を立件して、メディアで大々的に取り上げるのは、地方分権派つぶしではないか、という中央官庁に対する疑惑があります。
都道府県知事の汚職も、中には9割が検察による粉飾では?と疑いたくなるような裁判もあります。
もちろん脇が甘いのでつけいられるわけですが、地方行政の欠点を官僚が徒党を組んであげつらうことで、地方分権になると汚職だらけになるぞ、とデモンストレーションして見せているような印象すら受けます。

ところが、地方分権になれば納税者との距離が近くなるため、制度や運用についてのチェックが細かく入り可視化されるため、むしろ役人がやりにくくなる、という意見もあります。
また、たった一度の試験をクリアすれば一生教師として生活を確保できるような制度のほうがおかしい、という意見もあります。
今、もっとも優秀で熱意のある人間を義務教育期間に充てたいと考えたとしても、外部から容易に教員として採用できない仕組みのほうがおかしいですし、問題教師を辞めさせずにあちこち回して使い続ける運用も変です。教師だってある意味、公職ですよね。

硬直化している中央集権国家の常識を捨ててしまえば、ずっと行政がやりやすくなることは福島県の矢祭町が見本を示しています。
官僚の作為に惑わされないような、高い民度を国民は持ちたいと思います。